映像プログラム
第24回アートフィルム・フェスティバル
The 24th Art Film Festival
特集 映像人類学をめぐる旅
「アートフィルム・フェスティバル」はドキュメンタリー、フィクション、実験映画、ビデオ・アートといった従来の映像のジャンル区分を超える、横断的な視点から作品を選定することで、映像メディアとは何か、その表現とは何かを探求する特集上映会です。
今回は今年6月に初公開した、愛知芸術文化センター・愛知県美術館オリジナル映像作品最新作・小田香『セノーテ』(2019年)を起点に、このユニークな作品が誕生する背景を映画史的に探求します。セノーテは、メキシコ・ユカタン半島北部に点在する洞窟内の泉で、かつてマヤ文明の時代に、雨乞いのため生け贄が捧げられていたとされる場所です。小田はその近辺に住むマヤにルーツを持つ人々にも取材し、現在はダイビング・スポットとしても知られるようになったセノーテの歴史や記憶の古層を掘り下げてゆきます。この作品はその成立過程で、映像人類学あるいは民族誌映画と呼ばれるジャンルに多くを負っています。その起点は、フランスのリュミエール兄弟が発明したシネマトグラフの時代、19世紀末までさかのぼります。リュミエール兄弟は、1895年のシネマトグラフ公開から程なくして、世界各地にカメラマンを派遣し、それぞれの土地で風景や人々を記録しているのです。
西欧から非西欧地域へと向けられる眼差しには、多分に植民地主義的なバイアスがありました。映像においても西欧から来た撮影者が非西欧世界の被写体を一方的に撮影する暴力性の問題が内包されています。一方、民族誌映画は、撮影者と撮影される被写体が共に映画を作るという、〈共有〉の思想がその基調となります。その形成の過程を振り返ることは、近代以降、我々が抱えてきた支配や権力構造の問題を乗り越えるための示唆ともなるでしょう。
映像人類学的な方法論は、ドキュメンタリーに留まらず、フィクション、実験映画、ビデオ・アートの領域にも波及しています。本特集では先行する作例を上映することで、その広範な波及力と、映像的イマジネーションが継承されてゆく様を見ることになるでしょう。
さらに「旅」や「水中撮影」「抽象映像」など、『セノーテ』にまつわるキーワードを抽出し、関連する作品も上映します。多彩な作品が織りなすプログラムをお楽しみください。
基本情報
- [会期]
- 2019年11月29日(金)〜12月8日(日)
- [会場]
- 愛知芸術文化センター12階
アートスペースA - [休館日]
- 12月2日(月)
- [観覧料]
無料
- [主催等]
[主催] 愛知県美術館
見どころ
映画の黎明から、映像人類学へ
吉田喜重が、映画生誕100年に当たる1995年に監督したドキュメンタリー『夢のシネマ 東京の夢 明治の日本を映像に記録したエトランジェ ガブリエル・ヴェール』は、映画がその出発点において、既に撮ることの暴力性を内包していたことを、当時の映像から読み解いてゆきます。ロシアのエイゼンシュテインが、生前には完成させることができなかった『メキシコ万歳』(1976年)等をへて、ヌーヴェル・ヴァーグの文脈からも注目されたジャン・ルーシュらにより、映像人類学は確立してゆきます。
テレビ・ドキュメンタリーのパイオニア、牛山純一
牛山純一は日本初の民間テレビ放送局・日本テレビの開局時に入社し、「ノンフィクション劇場」や「すばらしい世界旅行」などのドキュメンタリー番組をプロデュースした人物です。ドキュメンタリーという言葉は、今日、広く日常的に用いられていますが、牛山の活動なくしては、この状況は生み出されなかったかもしれません。今回、映像人類学に多大な貢献をした「すばらしい世界旅行」よりメキシコ・ロケ作品と、「知られざる世界」で映画監督の大島渚が水中撮影に挑んだ作品を、それぞれ2本紹介します。
実験映画、 ビデオ・アートへの影響
故国リトアニアからアメリカへ、第二次世界大戦の難を逃れて移り住んだ詩人のジョナス・メカスは、新天地で実験映画のリーダー的存在として活躍します。メカスの作品は、映像による文化人類学と解釈されることもありますが、それはメカスがコマ撮り等のテクニックを駆使しつつも、記録者としての自己に自覚的だったからかもしれません。ビデオ・アートでは、ナム・ジュン・パイクとビル・ヴィオラという対極的な作家が、共に文化人類学的文脈の作品を作っていた事実が興味深いでしょう。
特別プログラム「よみがえる山口勝弘」
1950年代に、詩人の瀧口修造を命名者とする「実験工房」に参加した山口勝弘は、メディア・アートやビデオ・アート、環境芸術など、複数のジャンルを横断し、多様なメディアを取り入れながら、生涯、実験的な表現活動を継続したアーティストです。当館では開館した1992年に「テーマ展示」として《メディア・サーカス》を開催。今回、山口自身が手掛けた展示記録映像を上映。さらに当センターの吹き抜け「フォーラム」を舞台に1997~98年に開催した『コラボアート』のドキュメントを上映し、当地における彼の活動を振り返ります。
関連イベント
■講演 港千尋(写真家、評論家)
12月5日(木)19:00
小田香『セノーテ』上映に引き続き、写真家、評論家、多摩美術大学教授で、「あいちトリエンナーレ2016」芸術監督も務めた、港千尋氏による講演を行います。港氏は、1960年神奈川県生まれ。写真、現代アート、映像人類学にまたがる幅広い分野で制作、研究、発表と国際的な活動を続けています。著書に『映像論』(1998年)、『芸術回帰論』(2012年)、『インフラグラム』(2019年)など。東日本大震災後7年間にわたる撮影と考察をまとめた著書『風景論─変貌する地球と日本の記憶』で2019年度日本写真家協会賞を受賞。
■ディスカッション「映像、メディア系作品の収集と保存」
12月8日(日)14:30
[パネラー]竹葉丈(名古屋市美術館学芸員) 、越後谷卓司(愛知県美術館主任学芸員)
1980年代にナム・ジュン・パイクやビル・ヴィオラらの優れた作品が紹介されたことが刺激となり、日本ではビデオ・アートが社会的流行現象となりました。この頃、複数の美術館で映像作品を収集する動きも起こりますが、当時の標準的なビデオ・フォーマット「Uマチック」のデッキや、ビデオ彫刻、インスタレーション等で用いられたTVモニターも入手困難な現実があります。今後、これらの作品をどのように保存し未来へと継承するのか、その現状と課題について考えます。