コレクション

木村定三コレクション:紹介

名古屋の著名な美術収集家木村定三氏(1913-2003)とそのご遺族から寄贈された作品は3,000件を超え、愛知県美術館の全コレクションの半数近くにのぼります。このコレクションは、与謝蕪村や浦上玉堂などの文人画をはじめとする江戸絵画、木村氏と直接の交流があった熊谷守一や須田剋太などの近現代の作品を核としながら、考古遺物や仏教美術、陶磁、金工、漆工などの工芸作品まで広範囲にわたり、卓越した審美眼によって形成されています。
愛知県美術館では、段階的にこれらの作品の調査を進め、分野やテーマごとにカタログを発行しています。またコレクション展において「木村定三コレクション展示室」を設け、テーマごとに順次展示公開しています。


■熊谷守一

《石亀》1957年 油彩、板

木村定三コレクションの熊谷守一作品は214点を数え、一人の画家の作品数としては最大です。二人の出会いは1938(昭和13)年の「熊谷守一新毛筆画展」で、当時木村氏は25歳、熊谷は58歳という親子のような年齢差でしたが、木村氏はそれ以降数多くの熊谷作品を収集し続けることで経済的な支援を行いました。また、木村氏は自らのコレクションのうち特に気に入ったものの箱書を熊谷に依頼しています。これは、木村氏が熊谷の味わい深い書を深く愛した証でもあります。

■小川芋銭

水墨の世界に独自の境地を拓いた小川芋銭の作品は、木村定三コレクションの中で熊谷守一と並んで数が多く、まとまった作品群を形成しています。木村氏は、かつて自身の蒐集した主な画家を、鉄斎、芋銭、劉生、華岳、百穂と列挙する中で、小川芋銭を最も高く評価していました。 

《若葉に蒸さるる木精》
1921年 絹本墨画

《水虎と其の眷属》
1921年 紙本墨画

《若葉に蒸さるる木精》 1921年 絹本墨画
《水虎と其の眷属》 1921年 紙本墨画

水魅山妖(すいみさんよう)は小川芋銭の特徴的な題材です。芋銭が暮らした牛久(現在の茨城県牛久市)には河童伝説のある牛久沼があります。芋銭にとって河童や妖怪は、単なる伝説ではなく親しみを覚えるものであり、ときに畏怖する対象であり、「山水に於ける自由の象徴たる」存在として独自の自然観と密接に結びついたものでした。

《暁山雲》1923(大正12)年 紙本墨画淡彩

《暁山雲》 1923(大正12)年 紙本墨画淡彩

小川芋銭の風景画には水郷における農民生活に取材したものや、河川や山、樹木の霊気さえ感じさせるもの、また中国の老荘思想を背景とした伝説などに題材を採ったものが見られます。本作では空間に満ちる広く深い大気、悠久の時の流れを感じさせる自然を淡い色彩で描いています。添えられた書には、故事や漢籍に通じた芋銭の学識も垣間見えます。

■仏教美術

仏教美術も木村定三コレクションの中でひとつの柱を成しているといえます。彫刻では木村氏が意識して集めていたと思われる中国北魏の仏像や、日本、東南アジアの仏像があり、工芸では密教法具類が充実しています。鎌倉〜江戸時代にわたる黒漆厨子の収集も珍しいものです。仏画は数こそ少ないものの、鎌倉・南北朝時代を中心に像種と描法の異なる作例が集められています。このほかに神像なども含まれており、仏教に限らず広くアジアの宗教や民間信仰を含む造形への木村氏の関心が窺われます。 

《不動明王立像》および仏画残欠 
平安時代 (12世紀)

《不動明王立像》 および仏画残欠 平安時代(12世紀)

木村定三コレクションに含まれる数少ない仏像のうち、白眉といえるこの不動明王立像は、平安後期(12世紀前半)の作と推定されています。平成22年度に同像の解体修理を行った際、胎内から鎌倉-南北朝期(14世紀前半)の如来形の絹本仏画断片が発見されました。印相部分が欠落しているため尊格確定には至りませんが、当時の裏打紙がほぼそのまま残されているという点では類例のない貴重なものです。

■江戸絵画

木村氏は、俗を離れ自由の境地に遊ぶ文人画の収集に情熱を傾けていました。中でも江戸時代の南画への造詣の深さには眼を見張るものがあります。また、江戸と京の大成者たちの作品ばかりでなく、いわゆる中京南画と呼ばれる郷土の画家たちの作品が多く含まれていることも、木村氏のコレクションを特色あるものにしています。

【重要文化財】与謝蕪村《富嶽列松図》

【重要文化財】与謝蕪村《富嶽列松図》

蕪村晩年の「三大横物」と呼ばれる代表作のうちの一点で(ほか二点は《夜色楼台図》と《峨嵋露頂図》、いずれも個人蔵)、極端に横長の画面が右から左へと展開し、左端は雲の切れ間から薄日が差し込んでいるかのように明るさを見せています。

【重要文化財】浦上玉堂《山紅於染図》 紙本着色

【重要文化財】浦上玉堂《山紅於染図》 紙本着色

玉堂の代表作の一つで、山は紅で染めたよりも紅い、という意味の題が付けられています。右下に描かれている高士とともに画中の秋の山を歩むことを誘う、玉堂晩年の名品です。

■近現代美術

木村氏は古美術収集と並行して同時代を生きる作家たちにも関心を寄せていました。日本画・油彩画・版画・素描類をあわせると全コレクションの約3割、そこに陶磁器などの工芸・書跡・彫刻等を加えると、約半数が近現代の作家による作品という構成になります。この中には熊谷守一をはじめとして須田剋太や横井礼以など、木村氏と直接的な交友があったことが分かっている作家もいます。

富岡鉄斎《虎僊育虎子図》1914年 紙本墨画淡彩

富岡鉄斎《虎僊育虎子図》1914年 紙本墨画淡彩

南画のコレクション群の延長線上に位置づけられる木村定三コレクションの鉄斎作品のうち、本作は京都の老舗菓子屋である虎屋から木村氏が直接に譲り受けたものでした。虎屋京都店の主人・黒川正弘と、その近所に居を構えていた鉄斎との深い交流はよく知られるところです。本作の箱書には「大正三甲寅歳 鉄斎翁為我作此図爾来珍重秘蔵之処 依木村氏之懇望贈之 昭和十二歳五月 虎屋主黒川正弘誌之」とありますが、黒川氏と木村氏との交流についての詳細は分かっていません。

須田剋太《東大寺》1981年 油彩、画布

須田剋太《東大寺》1981年 油彩、画布

須田剋太は司馬遼太郎の『街道をゆく』の挿絵を担当したことをきっかけに東大寺をテーマにした作品を多数制作するようになりました。木村定三コレクションには、異なる季節の東大寺大仏殿や、そこでの行事を描いた作品が含まれています。油彩画で熊谷守一と匹敵する数の作品群を形成するのが須田剋太の作品で、彫刻や書を含めると100点を越えます。木村氏は熊谷亡き後、須田を高く評価し、東の須田剋太、西のアンドリュー・ワイエスと評したこともありました。

■茶道具(陶磁器、金工、竹工など)

木村定三コレクションの核の一つを為す茶道具には、魅力的な陶磁器の数々に加え、金工や竹工にも多くの優品が含まれています。木村氏は1973(昭和48)年から1997(平成9)年にかけて少なくとも10回、流派や形式にこだわらない自由な雰囲気の茶会を開いていますが、そこではこれらの茶道具も実際に用いられています。

《黒織部輪繋文茶碗 銘五月雨》
桃山時代(17世紀初)

《黒織部輪繋文茶碗 銘五月雨》 桃山時代(17世紀初)

陶磁器のコレクションのなかでもとくに大きな割合を占めるのが茶碗で、木村氏が茶会の開催を意識して収集していたことがうかがえます。このうち17世紀初頭の数十年間に集中的に生産された黒織部茶碗は6点を数え、いずれも似た作りをしています。丸文を五つ繋げた本作は、箱書によれば熊谷守一が雨による波紋と見立てて「五月雨」と名付けたもので、熊谷はのちにこの作品を参考に《雨滴》(昭和36年)を描きました。

《備前茶器 銘チョロケン》桃山時代(16世紀後期)

《備前茶器 銘チョロケン》 桃山時代(16世紀後期)

本作は、何らかの容器に蓋を添えて茶器に転用したものと思われます。赤楽の蓋を添えたのは表千家六世覚々斎(原叟)、命銘は七世如心斎です。「チョロケン」とは、張子の福禄寿などをかぶり、ささら・三味線・太鼓に合わせて早口で祝言を述べて舞う、京阪地方の正月の門付け芸人のこと。木村氏の覚々斎に対するこだわりは格別だったようで、ほかにも覚々斎による茶碗や茶杓、軸などがコレクションに納められています。

《安南染付鼓形平鉢》17世紀

《安南染付鼓形平鉢》17世紀

東南アジアの国々で作られた陶磁器が日本へさかんにもたらされたのは16世紀頃のこと。これらは当時の茶人によって茶道具に取り入れられ、「安南」「宋胡録」「南蛮」「島物」と呼ばれて珍重されてきました。本作は鼓の皮の部分のような平たい鉢であることから、この名称が付けられています。木村氏のお好みであったらしく、茶会では何度も登場しています。 

《十牛図霰釜》室町時代(15-16世紀)

《十牛図霰釜》 室町時代(15-16世紀)

木村定三コレクションの茶の湯釜は、各地、各時代の様相を示すものをほぼ揃えています。本作は水平な肩とやや裾広がりの胴の間に方面を付けた形で、胴の団扇形の窓枠の中に、前後で図柄の異なる十牛図(中国・宋代に禅の悟りへと至る境地を、牛を求める牧童の十段階の姿に喩えたもの)を表しています。窓枠以外の全面は、先端が丸みを帯びた大粒の霰地です。

《杉木普斎茶杓 銘カマキリ》
江戸時代前期(17世紀)

《杉木普斎茶杓 銘カマキリ》 江戸時代前期(17世紀)

千宗旦に茶を学び、茶杓の名手として名高い杉木普斎による本作は、全体がほぼ真っ直ぐに削られた飾り気のない形ですが、きりっとした側面の姿や肉厚の杓裏に、切れ味の鋭い斧のような力強さがあります。筒には「カマキリ」の銘と「蟷螂の」で始まる狂歌が一首書き付けられています。

■漆工

《黒漆八宝文螺鈿丸盆》
中国・宋〜元時代(13-14世紀)

《黒漆八宝文螺鈿丸盆》 中国・宋〜元時代(13-14世紀)

器の内底に蓮華文、立ち上がりの内外にそれぞれ異なる花を含んだ花唐草の蔓を二重で表現し、非常に手の込んだ螺鈿の優品です。

《木目塗丸盆》中国・元〜明時代(14-15世紀)

《木目塗丸盆》 中国・元〜明時代(14-15世紀)

緑、白、黒、朱の鮮やかな色を用いて、墨流しのような複雑な文様が木目状に表わされた、類例のない珍品です。

■その他のジャンル

いわゆる美術作品からは外れた考古遺物も木村コレクションの魅力の一つです。紀元前のメソポタミアの印章や、中国や日本の銅鏡、密教法具など、多彩なものが含まれています。

《大阪府枚方市万年寺山古墳出土三角縁神獣鏡》
3世紀

《大阪府枚方市万年寺山古墳出土三角縁神獣鏡》 3世紀

木村氏が遺した鏡は40数面におよび、その中には極めて美麗なものや稀少なものが多数含まれています。《大阪府枚方市万年寺山古墳出土三角縁神獣鏡》は、万年寺山古墳から発掘された鏡のなかでは欠損が少なく状態が良い大変珍しいものです。

《石造三尊仏龕像》中国・北魏時代(6世紀前半)

《石造三尊仏龕像》 中国・北魏時代(6世紀前半)

砂岩に如来と二菩薩、二頭の獅子を高浮彫にした仏龕で、おそらく何らかの建築物の壁面などに嵌め込まれていたものだと推定されます。

《能面・増(女)》室町時代(15-16世紀)

《能面・増(女)》 室町時代(15-16世紀)

能楽における若い女性の面のうち、女神や神に近い品格を持つ役柄に用いられる「増」と呼ばれるタイプのものです。比較的古様な趣があるおだやかな表情の一面です。